小さな魔法の手

8歳男子の折り紙作品集

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小さい子とボディワークで味わう至福感

 沖ヨガの教室に通い始めて7カ月。野口整体を始めて20年近くになる。
 野口整体と沖ヨガにはずいぶんと共通項があって、どちらも学べば学ぶほどに、興味深く奥がつきない。昭和のはじめ、野口先生、沖先生、亀井先生が、それぞれの健康法の立場から交流していたと聞く。当然、修正体操などには共通点が多いはずだ。

 我が家では野口整体が生活の柱になっていて、その分、ちょっと世間と話がずれてしまうこともあるのだが(滅多に医者に行かない、薬を飲まないなど)、我が家の面々にはなにより整体で病気を経過させることがいちばん心地よい。心地よいかどうか、その感受性がなにより大切なんだと思う。

 息子も、私のおなかに宿ったときから愉気の気持ちよさを堪能しているから、なにかあれば愉気がいちばん、お母さん愉気して、とかけ寄ってくる。興奮して眠れない時も、愉気があれば大丈夫。日中の緊張をふっと緩めることができ、すやすやとした安らかな寝息もあっという間。自然に安眠に導ける。
 息子は、コンサルタントの宝田先生にも同様におなかにいるときから愉気をしてもらって育った。彼は赤ちゃんのとき、私以外の人が抱っこすると、この世の終わりとばかりに、わんわんと大泣きをしていた。でも、宝田先生にだけは、安心しきって身を委ねていたから不思議、いやでも当然。きっと意識以前の無意識のつながりがなのだ。それは理屈では到底表現できるものではない。赤ちゃんの時、指導室に連れていくと先生のお膝でちょこんと座り、気持ち良さそうにしている姿がたまらく愛おく目に映ったものだ。そんなちょこんと先生のおひざに座っていた息子も七歳になって、いまやどかんと座っている。それでもその姿は、相変わらずたまらなく愛おしく私の目に映る。

 春休みに入ったある日、かねてから本人の念願で、沖ヨガの教室に息子を連れて行った。10名ほどのご婦人にまじって、腎臓強化体操や、肝臓強化体操など、数種の基礎体操を行った。一通りレッスンがすんだ頃、いきなりフロアの中央にでて皆の前で「魚のポーズ」を決めてみせた。ここぞとばかりに先生に見てもらいたかったのだろう。みんなから注目を集め、上嶋先生にも感心してもらって、すっかり大満足だった。
 子どもはカラダが柔らかくて、すぐにポーズが決められる。それはそれはうらやましいくらい。そして、ポーズを決めている子どもの姿はなんとも微笑ましく愛おしい。柔軟な生き物のしなやかな感性が伝わってくるかのようだ。
 私がボディワークが大好きなのは、心地よい幸せな感じがいつもあるからだと思う。

 ところで、息子の同級生の女の子が蓄膿症で聞こえにも影響がでてきて、春休みに三度目の手術をしないといけないと、お母さんから悩みをお聞きしたので、上嶋先生にご相談したところ、魚のポーズをよくやるように、とそれだけを教えていただき、お伝えした。この魚のポーズは、蓄膿症に劇的な効果があるという。
 毎日せっせと母と子で魚のポーズを続けていたら、手術前の検査で蓄膿症が相当レベルで改善していて手術をしないですんだとご報告をいただき、大変感謝された。

 息子もそのことをよく知っているので、お父さんにも教えてあげて、自分でもことあるごとに魚のポーズを決めている。
 病院でおおがかりな治療を受ける前に、できることがあるのだ、ということを、つくづくと感じ、これから、ことあるごとに、子どもたちにヨガのポーズを教えていきたいな、と思う今日この頃~。
 学校教育で、体力低下が問題になっているけれど、単に数値に頼った判定でなく、子どものしなやかな体力というものも、大切にして欲しいな。
 などなど、ヨガ実践の日々の中で、あれこれ思う今日この頃でした。
自然育児 | コメント:0 | トラックバック:0 |

春、冬を越したメダカたち

 ベランダに差し込む日射しが春を感じさせるようになったある日。
 我が家の小さなビオトープ・睡蓮鉢に水を足して少しきれいな状態にしようと布袋草をもちあげた。
 すると、小さな影が、ひゅるんと水面下を走った。まさか、驚くなかれ! メダカが七匹、泳いでいるではないか。きっと、藻や布袋草の根に潜んで、静かに眠るように冬を越したのだ。よく探せばもっと泳いでいるかもしれない。
 私はここ数ヶ月、メダカがまったく姿を見せなくなっていたので、すっかりあきらめていたのだ。
 布袋草と睡蓮と藻を入れてあるだけなのに、太陽の効果が加わり、水が浄化され、おまけに水温も一定を保つ見事な環境バランスを保っている。去年放った十五匹のメダカはこの睡蓮鉢で産卵し、世代交代までした。
 春・越冬したメダカ。かわいい仲間たち。今年もたくさん卵を生んで、小さい仲間を増やしておくれ。


生き物との関わり | コメント:0 | トラックバック:0 |

おばけ探検隊

 小学一年生の息子・ももの筆箱のなかに小さくきちんとたたまれた折り紙。何度も折り畳んだシワがいかにも大切そ~な感じをかもしている。
「これね、おばけの設計図なんだよ。学校にね、セロテープおばけとか、ほうきおばけとか、ロッカーおばけがいてね。ロッカーおばけは血の痕がおばけになったの」
 ひつ~。
「それでね、あ~ちゃんと休み時間になるとおばけ探検にでかけるんだ」
 仲良しの女の子と学校でであったおばけを折り紙にかきとめているらしい。それにしてもなかなか目つきのこわいおばけがそろっている。しかも、ぜんぶ一筆書きなので、漂う感じが充分にでている。むむっなかなかの才能と、妙に感心して、「コピーさせて」と申しでると
「だめ、コピーしたらパワーが薄れちゃう。それになくしてもまたかけるからいいんだよ。じゃあ、お母さんにもかいてあげるよ。好きなおばけを6つ選んで。どれがいい?」
 ということになり、いちばんこわいと思うおばけを順に6つ選んだ。話を聞いていると一人ひとりのおばけに歴史とキャラクターがあるからおもしろい。   
 さらさらとかいて、
「はい、6つで100円」
 ひゃあ~。お金とるんだ~。と内心思いながら、
「あっ。ごめんね、お財布に100円ないや」
「じゃあ、15円でいいです」
 いきなり大幅値下げ交渉成立。15円あげると、
「50円と5円でしょ」
 といわれていわれるがままに55円あげるとトイレットペーパーの貯金箱にちゃりん。

 翌朝。
「お母さん、今日はじみ~で目立たない服を着ていきたい」
 と、パジャマから着替えるとき、リクエストがあった。
「わかった、おばけに見つからないようにするんだ」
「ちばうよ。おばけにはもう見つかってるんだよ。ここにあるおばけはみんな見たとおりに書いたの。ほんとうにいるんだもの。そうじゃなくて、探検に行くときに先生や友だちに見つからないようにするんだ」

 雨の朝。
「やった~。今日はこれで休み時間ぜんぶおばけ探検につかえるぞ。晴れると校庭で遊ぶように先生にいわれちゃうからね」
 
 なんでも学校は、つくも神がうじゃうじゃいるらしい。そうだ、70歳の学校だもの。
 仲良しの女の子とのおばけ探検は、なによりも楽しいらしい。いいな。見たいなおばけ。
(2008年11月)


テーマ:育児日記 - ジャンル:育児

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ロボットにうっとり♡

ロボットにうっとり♡
かわいい仕草にうっとり。
ロボットは未来の夢。



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メダカと夏休み

 我が家のメダカが子どもを生んだ。たくさんたくさん生んだ。
 蓮鉢のなかに、プランクトンとそう違わない稚魚が、うじゃうじゃ泳いでいる。よ~くみないと、見逃してしまうぐらい小さいけれど、その動きは俊敏。日に日に大きくなる。
 ほていそうは、夏の日差しをがんがん浴びて増殖し続けている。
 蓮鉢が、小さなビオトープになった。

 生き物を育てるって、楽しい。
 自然、小さいけど、我が家の自然。おもしろい。

 毎日、朝に夕に、縁側に腰かけ、メダカの観察が日課となった。
 メダカと過ごす我が家の今年の夏休み。


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手仕事は生きる力~四つのH

四つのH

Hjart (Heart) = 心のこもった、魂に呼びかける
Huvud (Head) = よく考えられた観察された、意思、意欲
Hand (Hand) = イメージを見える形に表現する技、手の営み
Halsa (Health) = 心、体、対象物それぞれの健康的なバランス

 息子のリクエストで、ウォルドルフ人形の赤ちゃんを作ろうと、『ウォルドルフの手仕事 心を育む人形たち』という本をぱらぱらめくっていたとき、すてきな言葉と出会いました。
 まさに、私が自身の育ちのなかで、また、子育てを通して、もっとも大切にしてきた感覚・感性を、わかりやすく 四つのH で表してくれています。
 言葉との出会いに深く感銘を受けたのは久しぶりのこと。
 この言葉は、著者である佐々木奈々子さん(スウェーデンひつじの詩舎)がスウェーデンに滞在中に出会ったのだそう。 
 本のなかに以下のような説明がありました。

「この四つの感覚・感性を基点として構成された生き方、社会のあり方を理想とする、ひとつの運動がありました。ウィリアム・モリスの活動や日本の柳宗悦さんの民藝運動など、近代の手工芸の大きなうねりの中の必然的流れでしょうか。スウェーデンでは、新しい教育を提唱したエレン・ケイの「児童の世紀」や数々の絵本で知られるエルサ・ベスコフの作品、リッリ・シュッケルマンによって設立されたヘムスロイド協会の理念などにも四つの美しい調和がみられ、現代の新しい風を受けながら脈々とその伝統が受け継がれています。(佐々木奈々子著『ウォルドルフの手仕事 心を育む人形たち』(文化出版局)より)」



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たぬきにご意見を伺いに(その1)。

IMGP7153.jpg


たぬきにご意見を伺いに、
原宿の街まで出かけてきました。
そう、あの小児科医・毛利子来(たぬき)先生。

先生にご意見を伺いたかったのは、息子が通う学区の
教育委員会が学童を対象に半ば強制的に行っている、
胸部エックス線レントゲン撮影について、の対策。
無駄なエックス線を浴びせたくない、というのが私の心情。
毛利先生も、「ひどいな、これは半ば強制じゃないか」と。

私が、「健康体なので、検査の必要を認めない」という、
先生の診断書を書いてもらえないか、とお願いすると、

「医者がどういったとかというのででなく、
 お母さん、あなたが自分の方針をちゃんと述べなさい。
 一人ひとり、主義や思想があって、
 それが認められるのが民主主義の国なんだから、
 あなたがしっかり言えばいいんだよ」と。

 はっと目が覚め、先生の潔さに感動。その上で、
文献を調べたり、専門家に問い合わせてくださったり…。
 さらに、どう言ったらいいか、対策の筋書きまで、
いっしょに考えてくださいました。ほんとに、ありがたかったです。
 たぬき先生は、子どもの立場に立ったお医者さん。
 そして、母育てもしていただいたような、
 さわやかな気持ちになりました。

 写真は、私の手作りのたぬきの人形と先生の著書
『予防接種に行く前に。受ける子どもの側にたって』です。


追伸、先生が調べてくださったことによると、法律上強制力はないそうです。
(つづく)


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まぐろのしっぽ

まぐろのしっぽ

魚河岸で働く友人から、
まぐろのしっぽをもらった。
おどろいた。
ギザギザまである。
なんだろう?
厚ぼったい皮をクルクル向いて、
刺身にして食べた。
さすが、しっぽは身がしまっていて、
おいしい。
骨の中にコラーゲンがプルプルしていた。
お鍋に入れて、煮込んだ。
さらに、野菜をぶち込んで、
まぐろのしっぽのスープ完成。
なんともおいしかった。
ちょっとこわかったけど、
ありがとう。まぐろのしっぽ。


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買ってあげないと…。

買ってあげないと…

お友だちの家で、かっこいい銃で遊んだ日。
「きっと欲しいんだろうなあ」と母は内心で思う。
夕ご飯を作っていると、一人、なにやら夢中になって作っていた。
できたのが、このかっこいい銃。引き金もちゃんと動く。
トレペの芯も、段ボールも、お菓子の蓋も、
空想の翼を広げて、息子のおもちゃとなった。
しばらく、夢中になって、戦いごっこを繰り広げて、
対戦相手のお父さんの帰りをわくわくしながら待っている。
買ってあげないと、なんでも、自分で作る。なりきり王だ。
(よかった安上がりで)。


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魔法の手~小さな手当て・大きな手当て~ 

 「あっ~、肩凝ったあ」。
 私がふっとそうつぶやくと、息子が私の背中にまわって、肩に手を当ててくれた。
 二歳になったばかりの息子の手。
 小さな小さな手はぷっくりと柔らかく、その温かかったこと。
 はじめての息子の愉気。
 育児でちょっぴり疲れていた私の気持ちがふっと緩んだ。
 いつも私が息子にしてあげていることと同じようにしてくれたことが、うれしかった。
 ああ、伝わっていたんだなって。
 おなかのなかにいるときから、たくさんたくさん愉気をして育てた。
 生まれてからもずっとずっと、愉気で育てた。
 はしゃいで遊んで、頭をぶつけたとき。転んだとき…。
 ちょっとご機嫌が悪くって泣いているとき…。
 いつでも、ふっと抱きしめて愉気する。
 風邪を引いて、咳がでているとき。お熱があるとき。おなかが痛いとき。
 病気のときは、かたわらで添い寝しながら、よくなるまで、ずっと愉気する。
 なにかあると、すぐに「お母さん愉気して~」と駆け寄ってくる。
 おばあちゃんの家で、頭をちょっとぶつけたら、
「お母さんの愉気がいちばんだよ~」
 と泣きながら抱きついてきた。
「お母さんの手は魔法の手だね」
 そう言われて、はじめて息子が私の肩に手を当ててくれたときの、温もりが蘇った。
 6歳になった息子の手も柔らかくって温かい。
「桃ちゃんの手も魔法の手だよ」
 そういうと、うれしそうにはにかんだ。
 おなかにいるときから、愉気で育ててよかった。
 私たち家族にとって、愉気がいちばんの絆。言葉以前のコミュニケーション。
 これからも、ずっと、大きくなっても、いつまでも、愉気のある暮らし。 


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